わたなべ由紀子の「Yuki’s Choice (ユキズ・チョイス)」

〜アラフォーからの挑戦・もうひとつの人生を選択してみた〜 フィッティングモデル事務所 YUKI model agency (ユキモデルエージェンシー) 代表 わたなべ由紀子のブログ

マレーシア就職日記「みんな辞めてしまい、私も他社からのお誘いに乗る日が来た」

そうこうしているうちに、私が入社して半年も経たずにリーダーと先輩が、入社から1年を迎え退職するという非常事態を迎えます。

システム本格始動の前ですよ。え、そんな...

他チームから次のリーダーを迎えることになりました。立ち上げから長年いらっしゃるという他チームの「神様」と呼ばれるそのお方は、私同様、イチからこのシステムを覚えることになります。PC画面を前に、もう固まってしまっています。私にはわかるんです。何がわからないのかすら、わからないのでしょう、、、

読みは当たります。やはり神様は動かしてはいけないのです。

固まっています。ずっと。

今のリーダーと先輩がいるうちに、聞けることを聞けば良いのにと逸材さんは仰います。ほんと仰る通りなのですが、もはや何をどう聞いたら良いのかすら、わからないのでしょう。

私もやっとこさ戦力になってきたところです。痛いほど気持ちはわかります。

その後、本格的にシステムの運用が始まりました。

初代リーダーも先輩も、もういません。この3人『もと神様の新リーダー』『逸材さん』『目指せ!脱ポンコツの私』+『三代目(えらい人)』でやるしかないのです。

新リーダーは固まり続け、止まらない案件を捌き続ける私たちを置いて定時退社していきます。その後、体調を崩し長期不在。。。

逸材さんも、業務量が半端無く増え、不在となった新リーダーに不満が大爆発。三代目(えらい人)がなだめるも、その後退職してしまいます。彼女とは大変な時期を乗り越え、公私ともにものすごく助けてもらいました。今も私にとってかけがえのない人です。

気がついたら初期メンバーは私ひとりになっていました。

その後増員が続きましたが、今度は私のやり方では数が捌けないと否定されます。初代リーダーが、ユーザのことを一番に考えた流れです。

「初代リーダーがいたら怒られますよ。」と言えば「初代リーダーはもういないんですよ。」と返ってきます。もはや私はお局扱い、笑。

三代目(えらい人)が私の後ろにきて「席がひとつ多いんだよね。」と仰った頃から、体調がおかしくなってきました。

ここはもう私のいる場所では無いと判断します。以前から知人にお誘いいただいていた会社を受けることを決めます。

その後、リーダーが変わります。知識経験ともに豊富でお人柄も素晴らしい、元エンジニアの方が、他チームから来てくださることになりました。「こんなやり方をしていてはダメだ!」と、もとの状態に戻すべくリーダーは動いていきます。私が転職を決めた後でした...もっとご一緒したかったです。

私はリーダーのサポートをさせていただけるようになりました。そして最後までこのチームに私が必要だと、退職を考え直すように言ってくださいました。涙が出るほど嬉しかったです。この言葉をいただけただけで充分です。

ある日、私はリーダーに「まるで初代リーダーが、優しくなって帰ってきてくれたようです。」と伝えると「これが私のやり方ですよ笑」と話してくれました。頼もしい!もうこのチームは大丈夫。

入社から1年。今思えばあっという間。ペナルティも発生せず、HRから手続きを進めてもらい、タックスクリアランスも済ませて円満退職となりました。

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皆さんから、メッセージのたくさん書かれた寄せ書きをいただきました。私の宝物です。ここが初めてお世話になる会社で本当によかったと思っています。

ただ、リリースレターがあればそのまま国内転職できるのですが、出していただけないので、一度マレーシアを離れ再入国しなければなりません。猫を預かってもらい、日本に戻ります。マレーシア再入国の時期にちょうどルールが変わってしまうなんて、この時には思いもしませんでした。

※1年勤めると会社からのペナルティが発生せずに退職できます。次はビザの切り替えのタイミングや、税金の関係で12月末と年明けから半年以降が多いです。退職2ヵ月前には退職の意思を伝えなければなりません。退職時期を見誤ると、予想外の出費に驚くことになってしまいます。

マレーシア就職日記「とうとうトレードの提案がなされることに」

私のポンコツぶりにマネージャーからひとつの提案がなされました。

私が他チームに移動し、他チームの、元プログラマーである「逸材さん」を迎えるというものです。

ところがうちのチームと他チームでは、そもそも採用元が違っており、この垣根は簡単に越えられるものではないとのことで、前任者は時間がかかっているうちに退職してしまったとのことでした。

私は「もう、それはそれはどうかお願いします。」とお願いしたところ、その代わり私は他チームに行ったからといって、そこからまた移動することはできないと釘を刺されました。

その後、チームリーダーから私に対して「厳しくしてしまった。大丈夫だと思っていた。」と態度が軟化し、もう少し頑張ってみないかと諭されます。私は明るいポンコツなので、ちょっとぐらい厳しくしても大丈夫だろうと判断されていました。

単純なのでまた「ご迷惑でなければ、移動せず頑張ってみたい。」とマネージャーに申し出て、また嵐の中に戻ることにしました。

ところが、私と交換することなく、逸材さんはうちのチームへの移動が決まります。わーい。

逸材さんが来たことで、リーダーはとても嬉しそう。笑顔で逸材さんと難しい話をしています。逸材さんは私のポンコツぶりを目の当たりにし「今まで、どうやって生きてきたのですか。」と。まわりにはいなかったタイプだと不思議がられます笑

こうして『元SEのチームリーダー』『リーダーからのたたき上げでサブリーダー的存在になった先輩』『元プログラマーの逸材さん』そして『最年長ポンコツの私』の4人でスタートすることになりました。

ここに日本側の『三代目(えらい人)』が加わり、皆でよく飲みに行き親睦を深めていきます。仕事を離れると、特にリーダーは別人になるタイプで、毎回近所のカラオケで最高に盛り上げてくれて楽しかったです。このギャップが救いでした。

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仕事は、先輩が私の教育係となり「えっとー、直しようがないので、このメール全文作り直していいですかー?」と苦笑いしながらも、わかりやすく説明してくれます。IT業界未経験からスタートした先輩はマレーシアに来て、まさかこんな17歳も年上でポンコツの教育係になるとは夢にも思ってなかったことでしょう。「一生ついて行きます!」ぐらいの勢いで必死に学んでいき、何とか私も戦力になっていきます。

マレーシア就職日記「にゃんことの出会い」

うちのチームは日本人オンリー。「日本に戻っても使える人材に育てる!」がモットー。なぜ私はここに???

答えは、前任者が「こんなに大変だとは聞いてない!」と他チームへの移動を希望するも、時間がかかり退職してしまい、突然空いてしまったところに私を入れてみた!ということでした。ふう。

このような当初と違う配属になることは決して珍しいことではありません。

だから早めに移動を願い出た方が良いとアドバイスしてくれたのですね。前任者は本当に可哀想だったと...

「未経験にも程がある!」と言われ、ごもっともだと心で泣き、私も採用時から突然の移動にワケがわからず、業務を覚えることに必死です。正直私の場合、他チームに行っても大して変わらないとは思いますが...

おでこにシワができるようになったのはこの時からです笑

先輩に「おでこ、おでこ!笑」と言われて力を抜く。それの繰り返し。いまや、しっかりとしたシワに育ちました。

入社からふた月。

この頃にはもう毎日歩いて通勤していました。

というのも、インド人ドライバーさんはちょいちょい遅刻するのです。迎えに来ないこともありました笑

そうなると、私にリーダーから雷が落ちます。

「車に乗らない選択肢もあるんですよ。」

会社手配なのに...と思いましたが、そんなことも言っていられないので、HR(総務)へ送迎を断りに行きました。

毎朝、夜が明ける前の暗いうちに部屋を出て、40分ほどの道のりを歩き、会社に着く頃にはすっかり日が昇っていました。毎日汗だくです。

まだGrabは無かったし、Uberのサービスが始まったばかりの頃の話です。しかも田舎。タクシーを捕まえるのは現実的ではなく、歩くしかありませんでした。

そんな帰り道、シャフツバリースクエア前のバス停で小さな子猫が鳴きながら、私の足首をハグしてきました。ピャーピャー鳴いて必死の様子にしばらく母猫が現れるのを待ちましたが、それらしき姿は見当たらず、交通量の多い道路に出て行こうとするので、もう放っておけず連れて帰ることにしました。

身体を洗って、子猫用のフードをあげて、
一緒に寝て...

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翌日リーダーに子猫を拾った話をすると「自分の世話もできないのに、どうして猫なんて拾うんですか。」とまた真顔で言われました。あはは。

先輩はちょっと興味がありそうで、よく猫の話を聞いてくれました笑

マレーシア就職日記「インド人上司がカレーを食べながら話してくれたこと」

ある日、マネージャーに「甘い認識で来て申し訳ございませんでした。もう日本に帰ります・・・」と謝りに行くと、翌日のお昼に、もうがっくり落ち込んだ私を、インド人上司が外に連れ出してカレーをご馳走してくれました。

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インド人上司がカレーを食べながら私に話してくれたことは、やはりコールセンターの経験で私の採用を決めたこと。私の居た会社のことはよーくご存知で「そこを目指しているから、経験を活かして頑張ってほしい。」と...

でもメール業務なんですよ。何でこのチームになったのでしょう...この答えはしばらくして他のチームの方から知らされます。私の様子を心配して(見るに見かねて)他のチームの方々が食事に誘ってくださいました。

鍋(スチームボート)をつつきながら「早く移動を希望したほうがいい。こっちに来た方が良いよ。他はそんなことないのよ。せっかくマレーシアに来てこんな働き方することないよ。」と言ってはくれるのですが、、、簡単にはいかないようです。

カレーはとっても美味しかったです。

ご馳走さまでした。

この先この会社を辞めるまで、毎月給料日にはここで食べることになります。ちょっとお高いので月イチですが、初心に返るとともにインド人上司の優しさを思い出し、感謝の気持ちでまた頑張れるのです笑

マレーシア就職日記「何で、できないのですか。どうして、できないのですかの嵐」

これから本格的に運用が始まるシステムのサポート立ち上げメンバーに入りました。日本人男性おふたり(私よりずっとお若い...)にこれからお世話になります。

さっそくリーダーに「なぜマレーシアに来ようと思ったのか。」を聞かれ、もう素直に「ボンビーガールを観て来ました笑」と答えると「あのふたりは20代ですよ。」と真顔で言われました。そこでハッとし、気づいた自分の年齢。この瞬間まで考えもしなかったことでした。だからチャレンジできたのかもしれません...笑

遡ること通信会社の内勤時代に、ノートPCの調子が悪くなり困っていると、お隣の私の教育係をしてくれていた方が、社内ヘルプデスクに問い合わせるよう教えてくれました。

電話をかけて状況を説明すると「ちょっとこのままお待ちくださいねー。」と感じの良い女性の声に従いお待ちしていると、画面のカーソルが動き出し、ささっと困りごとを解消してくれました。その間私は「わぁーすごいですねー。おぉーっ!」と驚きの声ダダ漏れでしたが、彼女は笑うこともなく「こんなの朝飯前ですよ。えっへん。(私の想像)」ぐらい思ってそうな感じでした笑

丁寧にお礼を伝え電話を切ると「はぁ...カッコいい!」と思い、社内ヘルプデスクってこんな困りごとを解決してくれる、すごい存在なのだと認識されました。私に。

さて、長い時を経て、今度は私がこれをやりにマレーシアまで来ました。「IT未経験でもOK」をそのまま受け取り、まったくこの辺りに明るくない私は、ここで学びながら、あの時私を感動させてくれた彼女のようになるのです...そうなるはずでした笑

さっそく最大のピンチが訪れます...新しいシステムのサポート?しかも立ち上げ???

「うちは電話の業務ではありませんよ。」

えっと。自分の唯一の強みが消えました...
IT未経験でも採用されたのはそこではなかったの?

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ノートPCの画面に並ぶ「ファイル見てください。」と言われます。ひと月後、業務に入る前にテストがあり、受からないともちろん業務にはつけないとのこと。

連日見ます。が...全て日本語なのに全然わかりません。

何がわからないのかすらわからない...
覚える?この莫大な資料と流れを全部頭に入れるんですか...無理。

そしてテスト。

予想通りまったくできません。

ここでリーダーから雷が落ちます。

「何でまったくできないんですか?」

「研修に割くコストなんて無いんですよ!」

ごもっともです。

それでも何とかテストはクリア。

「テストは終わっても、3ヶ月の研修期間中は安心しないでください。」のひと言(いつでも日本に帰すぞゴラァって感じ)

コールセンター経験を活かせるはずが「電話業務は無い。」と言われ、完全未経験となり、リーダーから「何でできないんですか。」「どうしてできないんですか!!!」の言葉に心で泣きます。

「IT未経験でも可って書いてあったんです。。。」と弱々しく答えると「未経験にも程があります!!!」とさらに呆れさせてしまいます。

「わからないのなら聞いてください!」と言ってくださったので、聞こうとするのですが、もう何がわからないのかすら、わからないので、質問もワケがわからなくなります。

『「自分はこういう認識ですが、これこれこうであってますか?」と聞くんですよ。やり直し!』と言われて...

「認識...?」無い。

「あってますか?」と聞く自分の認識すらない。。。

もうほんとごめんなさい...

私の席の後ろにマネージャー席があります。常に目に入り聞こえていたことでしょう...

マレーシア就職日記「あぁ私は今マレーシアにいる。いよいよ始まる会社員生活」

初日の夜はさっそく敷地内のレストランで早めの夕食。快適なクーラーの効いた室内よりも、せっかくなので南国の空気を味わうべく、テラス席に座ります。上で回るファンからの風も心地よく、プールを眺めながら完全リゾート気分。

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久しぶりにゆっくりとした時間を過ごして、これまでの怒涛の3週間を思い出し「本当に今マレーシアにいるのだなぁ。」としみじみ実感し、また感動に浸るという笑

その夜、熱を出して翌朝「まいったな。」と思いながら、シャフツバリースクエアまで歩いて行き、クンフーという中華料理の店で「ピータン粥」を食べました。すると、すっかり熱は下がり、翌朝には嘘のように体調が良くなりました。私はサイバージャヤに住んでいる間、幾度となくここに通います。体調を崩すたびに何度救われたことか...

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さぁ、初出勤です。

インド人のドライバーさんが迎えに来てくれて、久しぶりの会社員生活が始まります。

午前中は説明を聞き、書類にサインしたり。

(日本語で説明してくれるHRのかたには、退職の時まで本当にお世話になりました。)

午後から配属先の居室へ行きます。

ランチには、あのインタビューのマネジャーが連れ出してくれました。氷の入った飲み物を「本当に本当に大丈夫ですか?」と飲むのをためらったのは、マカオやタイのフードコートで氷入りの飲み物を飲んで、大変な思いをしてしまった経験があったからなのですが・・・「ん?大丈夫ですよー。気にしなくて大丈夫ですよー♪」と言って目の前で飲んでいらっしゃるので、私もストローでぐるぐるしながら飲み、まったくもって平気でした笑

ご馳走さまでした。

お腹も満たされて、いよいよ私の配属先のチームに案内されご挨拶です。

後から聞いたのですが、私は本来違うチームに行くはずが、急遽変更になったと...あまりの運命のイタズラに状況は大きく変わります笑

マレーシア就職日記「イメージしていた社員寮と全然違う。通勤には専属ドライバー」

クアラルンプール国際空港から30分ほどで、車はサイバージャヤに入ります。私は初めのうちは社員寮を希望していました。その寮に一番近いショッピングモール「シャフツバリースクエア」のコンビニに寄ると、お昼に食べるものを買うように勧められました。とりあえず、パンと飲み物を購入し車に戻ります。

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そしてまた少し走って、いよいよ寮に到着します。

セキュリティゲートを通り、いくつかの建物を過ぎ、程なくして、ここが部屋だと案内されます。ドライバーさんは荷物を運び入れて、明後日の朝に迎えの車が来るからと言って帰って行きました。

2ベッド2バスルーム。広々としたキッチン、外に洗濯機、洗濯物を乾かすための部屋まであります。相部屋になると聞いていましたが、私ひとりでした。

リビングは広くソファーでゆったりくつろげます。小さな庭があり、南国の鳥の鳴き声が聞こえてきます。

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毎週金曜日には、併設のホテルスタッフが部屋のクリーニングに入ります。水回り、ベッドメイクとキッチンの洗い物まですべて綺麗にしてくれます。至れり尽くせり笑

敷地内を歩くと、レストランがありました。カフェもあります。

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プール広い!

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ここが社員寮なのです。しかも相部屋とは聞いていたものの、バスルームがそれぞれにあるので、気兼ねなく過ごせそうです。今はひとりで広々だー!

通勤には専属ドライバー!平社員ですよ私。

事前にどのようなところになるのか、全く知らされていなかったので、想像を絶する待遇に「マレーシアに来れてよかった、本当によかった!」とひとり感動して幸せに浸ります。この時までは笑

※現在社員寮の制度は無くなったと聞いています。現地採用初心者にはとても有難い制度でした。